15年ぶりぐらいでしょうか。
母の妹である叔母に会いました。
「言わなくちゃと思っていたのよ。
女紋の担い手が、みーちゃんしかいないのよ。」
確かに いとこの子供たちを辿って考えてみると、
女の子は19歳娘「みーちゃん」だけでした。
「私もね。
嫁いだ家の家紋でいいと思って、しばらくは忘れていたの。
でも、お琴を作る時に、家紋を入れてくれるっていうから
考えて女紋も入れてれてみることにしたの。
今回会えると聞いて、
伝えなきゃって思ったのよ。」
母から娘へ伝わる女性の家紋があることは、
聞いたことがありました。
私の母はあまり気にしなかったのか、
それが何であるか私は知りませんでした。
「何か付けたものがあるなら、見せて。」
おばに頼むと、
「ちょっと待ってね。」
と、着物を出して紋を見せてくれました。
「丸に橘」
可愛い花の家紋です。
女紋は、地方性があるようです。
東の方では、今はあまり伝わっていないと聞きました。
西の方、特に瀬戸内海の地域で今もよく伝わっているそうです。
今回の旅で偶然にも「嫁入り道具」をたくさん見る機会がありました。
そこに実家の家紋と、女紋がついていました。
戦国の時代を経て、武家では女性の財産を守るものとして、
離婚する場合にも自分の財産をしっかり守れるようにと
付けたそうです。
瀬戸内海の地域、特に商家では
女性を家に残して男性は他所に出し、
奉公人の中で有能なものに家を継がせることがありました。
そのため、
女紋が家に伝わる文化があったようです。
私の祖母は博多の出身です。
造り酒屋の家だと聞いています。
叔母はお琴の弾き手で、舞台で着る着物も多いです。
お琴に家紋を入れるというのは初めて聞きましたが、
着物に紋を付けることは、見聞きしていました。
叔母が女紋を知ることになった理由が、その辺にもありそうです。
女紋は、自由度も高いようです。
丸を付けなくてもよいとか、
形を足したり、引いたりして親の紋を混ぜてもいいとか
新たな紋が作り出されるきっかけにもなるようです。
私たちが引き継ぐ紋が、どの程度長く伝わるものかはわかりません。
もうすぐ「数え年で100歳」になる祖母からの引継ぎが
「伝わることが、どこか誇らしい」感じがして
いい文化を引き継いだなと思います。
19歳娘「みーちゃん」
あなたはそこにいるだけで、ひいお祖母ちゃんや、おお叔母さんに孝行してるね。
頑張って生まれてきて、よかったね。
「この紋、可愛いなぁ。
キーホルダーにでもしようかな。」
「ああ、それいいわね~
使えるものが、いいわよね~」
19歳娘「みーちゃん」の言葉に
叔母が嬉しそうでした。