先日、
「全ては『古事記』に帰結する」
な~んて、気取ってしまったので
ちょっと読んで、なんで『古事記』なのかは、わかってきました。
『古事記』スポットが当たったからなですね。
それまではどちらかというと『日本書紀』が主流で
『古事記』は、民間伝承あつかいであったこともわかりました。
エピソードも微妙に違っていたり、
神話の扱いが違ったりと
『日本書紀』が天皇の正当性を、外国に向けて示しているだけのことはあって
主眼の置き方が違います。
今日にまで続いているのは驚きです。
エピソードの数としては『日本書紀』の方がずっと多いし、
それに連なる、いわゆる「六国史」のシリーズを鑑みると
もっと『日本書紀』にスポットが当たってもいいんじゃないかなあと思います。
ただ、どちらも
読み方をある程度勉強しないと、
ただの「俺様主義の方々が、やりたい放題した話」としか
見えないんですよね。
『おおくにぬしのみことのものがたり』を
子供のころに読んだ時にも
「なんでこんなに兄弟仲が悪いんだろう。」とか
「このお父さん、ひどくない?」とか
「だから、なんでそこで油断するの!」な~んて
もう、ざわざわすることだらけで、
スッキリしなかったんです。
今読み返しても、自分が子供に帰ったかと思うほど
おんなじ思いがよみがえります。
もう少し色々事情が分からないと
このざわざわは収まりそうもありません。
19歳娘 「これは、なかなか帰結しそうにないねえ。
まあ、レポートはやっつけたからいいけど」
そうだね。
とりあえず、古文と格闘することはなさそうですが、
この話は、しばらく我が家の話題になりそうです。
でもね、19歳娘。
2次創作するなら、『日本書紀』の方が
今ならオイシイかもしれないよ。
ただし、関係各位に失礼のないように気を付けてね。